Voices · 2026 · Bowen Li Lab
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「3回生ぐらいまでは、留学なんて絶対に行かないと思っていました」。薬学科5回生(当時)の本間至恩さんはそう振り返ります。英語への苦手意識は強かった。それでも、学生でいられる時間があと1年半ほどだと気づいたとき、「学生の間にできることは全部やりたい」と思った。無理やりにでも英語を使わなければならない環境に身を置けば慣れるのではないか。そう考えて、ARP に挑戦しました。
受け入れ先は Bowen Li 研究室。脂質ナノ粒子(LNP)を使ってメッセンジャー RNA(mRNA)を目的の細胞に届け、新しい治療法を開発する遺伝子研究の研究室です。LNP は新型コロナワクチンにも使われた技術です。本間さんは2つの実験を手伝いました。ひとつは、マウスに皮膚がんを移植し、それを治すための遺伝子を LNP で届けて、進行がどれくらい抑えられるかを調べる実験でした。
研究室にコアタイムはなく、ついていた人に前日「明日は何時から始まりますか?」と聞く毎日。昼から始まる日もあれば朝早い日もあり、終わりは15時のことも18時のこともありました。ついたのは、卒業間近の修士の学生と、ポストドクター(博士研究員)の2人です。
難しかったのは、研究室が本間さんを「薬学生」として扱ってくれたことでした。「『知ってるでしょ』という感じで接してくれるのですが、遺伝子の授業では習わないような難しい内容だったので、『何でこうなるのか』まで聞かれると分からず、そこが一番苦労しました」。
実験の合間の空き時間に調べてノートにメモし、それでも分からないときは正直に「分からない」と伝える。「理解というより、初めての内容だったので『そういうことなんだ』と一つひとつ受け止めていく感じでした」。
ポストドクターのメンターは、実験のたびに「これ、どういうことだと思う?」「この結果からどうしたらいいと思う?」と本間さんに問いかけました。研究室が出している論文を渡され、「読んだほうがいいよ」と言われることもありました。
いつ聞かれてもいいように常に考えるようになって、考える力が上がったと思います。最初は思ったことを言ってもだいたい外れていました(笑)。後半になると、やっている内容や理由が少しずつ分かってきて、割と的を射た答えが言えるようになりました。
プレゼンテーションについても、考え方が変わりました。日本にいたときは「スライドを綺麗に作って、これを読めば理解してくれるだろう」と、書いてあることを読むだけになりがちだった。向こうでは結果だけを載せ、自分の口で説明する。「自分が突っかかったポイントで『ここが理解できていない』と気づけますし、客観的な意見ももらえて理解が深まります。どれだけ自分の言葉で説明できるかが大事だと思いました」。
研究室にはパリ大学からの学生もいて、本間さんと話すときは英語、彼ら同士ではフランス語。モントリオールに旅行したときには、英語が通じない場面にも出会いました。「同じ国に2つの言語があることに驚いて、英語が通じたときに『ホッとした』自分にも驚きました。それまでは『日本語が通じなくてどうしよう』だったのが、『英語が通じてよかった』に変わっていたので」。
寮ではアラームが突然鳴り響いたり、シャワーの出し方が分からなかったり。その都度フロントに伝えて解決していくうちに、「自分でどうにかしないといけないときに、調べながら対応する生活力が上がった」と感じています。カルガリー、バンクーバー、トロント、モントリオールと、カナダの4大都市をすべて訪れ、バンフの湖では「日本にはない大自然に心が洗われる思いでした」。
研究の内容が面白く、優しく教えてもらえたこともあり、「絶対に決めているわけではないですが、頭の片隅に数パーセントぐらい、トロント大学薬学部で PhD として研究するのも面白いかなと思いました」。現地で知り合った海外の大学のインターン生からは、日本の1日型インターンではなく3か月しっかり働く話や、スタートアップで自分の行動が成果に直結する話を聞きました。「自分の力で社会を動かせる仕事は面白いと感じました。企業に行くとしたら、社会に影響を与えられる仕事に就きたい」。海外が、ぐっと身近になりました。
悩んでいる人がいたら、絶対にやったほうがいいです。1か月間海外に身を置いたことがない人は、ぜひやってみるべきだと思います。いろんな価値観の人と出会い、いろんな経験ができて、とても面白かった。準備など大変な面もありますが、悩んでいるぐらいなら絶対にやったほうがいいと思います。
英語への苦手意識は「少し緩和され、取り組む姿勢も変わった」といいます。「最悪、詰まっても、頑張って考えて話せばいい」。留学を「絶対に行かない」と思っていた学生の、1か月後の言葉です。